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東武バス、千葉のバスに関する話題を中心に 管理人の別趣味のお話等を書かせて頂きます。
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上越線の沼田駅から国道120号線を約1時間。
群馬屈指の観光地である尾瀬の入口の街「鎌田」に到着します。
鎌田は沼田から来た道が尾瀬、日光へと別れる中継点です。
ここに東武バス「沼田営業所鎌田出張所」が開設されたのは
昭和12年で現在の東武バスの礎となった「東武自動車」が開設。
平成8年3月までは案内所の機能は残っていました。
近年再び運行を始めた関越交通の鎌田〜日光線の先駆けとなった
東武バスの横断特急の中継点、休憩所になった場所でもあります。
私が訪れた当時、案内所の正面には路線図が設置されており日光
へ路線があった事を思わせる名残もあった。

東武撤退〜関越交通移管により、東武バスはこの地から消えて
しまいましたが、関越交通が現在でも拠点を構えており今でも
起終点としての重要性は変わっていないようです。

尾瀬大清水、武尊牧場スキー場、戸倉スキー場から下って来た
バスはここで合流して沼田へ下る。
尾瀬高原のハイシーズンには国鉄・JRの夜行列車からの継承を受け
深夜に大清水へ向けて臨時バスが仕立てられるのも名物だった。
時代が変わりそのような事も行われなくなりましたが、沼田まで
の路線沿線には吹割の滝、老神温泉などの観光地も点在している
事もあり、在来線の沼田駅以外にも上越新幹線の上毛高原駅へも
路線が運行されていた。

現在でも関越交通により運行されている。
冬はスキー、夏は避暑に温泉にと現在でも賑わいを見せる奥利根の
小さな街で活躍した東武バスをご紹介しました。

★群馬沼田地区の東武バスは平成10年3月で廃止され関越交通に移管
されています。

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埼玉県の南河原村への足として、熊谷駅前から運行され
村内の犬塚終点へ向かう東武バスの終点です。


右:熊谷駅前で小休止中の社2087号車と2456号車。
左:熊谷駅を後に犬塚へ向かう社2456号車。

現在でも運行のある路線ですが、平成18年に南河原村は行田市に編入
されました。
また路線自体は平成13年3月一杯で東武バスから国際ハイヤーへ移管
され、後に社名変更を経て現在は国際十王交通が運行している路線です。

また下画像の終点も現在では変更されており、この場所での折返は過去
のものとなっています。
この「熊11系統」は熊谷駅を起点に南河原を経由して犬塚への路線。
かつてはその先へ酒巻、利根大堰、新郷を経由して羽生駅まで
運転されていましたが、短縮されて犬塚までの路線になりました。


犬塚終点の転向場で待機する社2479号車。

東武時代末期はナロー車が充当されるケースが多く、熊谷営業所管内でも
ローカルな路線でした。


熊谷駅前に進入する犬塚行き社2468号車と立正行の2183号車。


国際十王交通による運行へ移管されて現在に至っている。
(国十 社2121号車 熊谷駅にて)

自治体の補助もあるようで、廃止にならず現在も運行されている事は
沿線利用者には嬉しい話だと思いますが、今後の利用状況によっては
切られる可能性もあるローカル路線。
沿線住人の利用なかかってくる問題でもあり今後に注目です。

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上州三山に数えられる「赤城山」地蔵岳展望台へのアプローチ
「赤城山ロープウェイ(※1998(平成10)年休止後廃止)」の
赤城大洞乗場とJR前橋駅を結ぶ路線バスでして、現在も関越交通が
赤城大洞の少し先にあるビジターセンターまで運行しています。

元々は1927(昭和2)年頃から個人事業者により延長を重ねて開設
された路線ですが、これを東武鉄道バス事業本部の前身である
「毛武自動車」が1935(昭和10)年に買収、1936(昭和11)年に
毛武自動車が「東武自動車」に社名を変更し、東武バスの路線に
なった経緯があります。
途中に枝系統も存在しており、本線の赤城山大洞に向かう路線は季節
運行、枝線は通年運行と観光、生活の両路線的性格を持つ路線でした。


畜産試験場折返便と青年の家折返便。
左:社7816号車、右:社7976号車 前橋駅前にて。

終点の停留所正式名は「赤城山大洞」。
(バスの行先表示は赤城大洞)
1976(昭和51)年までは、前橋営業所大洞出張所も開設されていた
事があります。


前橋駅前で待機する赤城大洞行の社9183号車。

前述の「赤城山ロープウェイ」も末期は系列の「東武興業」が経営して
おり東武鉄道による赤城山観光開発の名残でもあった感じです。


赤城大洞を出発して前橋へ向かう社9183号車。

画像に写るロープウエイ乗り場は現在更地になり、当時の面影は皆無です。
東武鉄道が手掛けた赤城山開発の歴史もだんだん薄れてきており、面影を
探す事も難しくなって行く事でしょう。
東武鉄道による赤城山開発の話はものすごく長くなりますので、またの
機会と言う事で(笑)

赤城山大洞の停留所は現存しており、行く事は可能です。
上画像のバス車両の横にある駐車場のゲートバーを目印にすると場所が
解るかと思います。


関越交通へ系統移管される旨の告知。

東武バスがこの路線から撤退したのは平成10年の3月一杯で、東武バス
の群馬北部地域撤退前年の出来事でした。

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現在でも総武流山線が発着する流山駅。
東口には今でも西柏営業所管轄の路線が発着していますが、以前は西口にも
東武バスの路線が来ていました。
総武流山線の流山駅前にはバスが入れない事もあり、少し離れた場所から発車
する為、停留所名も「流山駅前」になってました。

古くは常磐線の松戸駅から、流山、江戸川台、野田市駅と言う京成バスとの
共同運行路線だった時代もありましたが1975年(昭和50年)に系統分割が
実施されました。
この結果、松戸駅から流山駅を経由して江戸川台駅までの路線を京成バスが
運行し、東武は流山駅から野田市駅への路線をそれぞれ単独で運行する事に
なります。

東武路線の方は年を追う毎に利用者が減った事と流山街道の渋滞がネックに
なり、2001年(平成13年)の西柏営業所野田出張所の茨城急行バス移管が
決まった時点では、わずか2回までに減回されていたがそのまま茨城急行へ
移管されました。
しかし、移管後は平日のみの運行に改められ、翌2002年(平成14年)には
路線廃止されてしまいます。


流山駅前で発車を待つ野田市駅行。

非常に狭い道路上での折返しでして、画像のように折返し便が待機中は一般車が
横を通るのもひと苦労な状態でした。
現在は京成バスが流山街道を直進して、この付近を通り過ぎる形で運行されて
いますが、以前は京成バスも「流山広小路」で折返す便があり往年の共同運行を
していた面影が残っていました。
流山駅のバス停付近にはダルマポールが置かれていた割には道路上にも関わらず
点字ブロックまで敷かれており、利用客もまばらではあったものの固定客により
支えられていた感じがします。


起点の野田市駅に隣接する野田出張所に待機するこの日の流山
行に充当される社2208号車と野田出張所管轄の運行路線図。
(バス停掲示簡易型)

運転時刻(野田市駅発)
東武時代の1999年(平成11年)で野田市発が8時17分、13時22分の2本。
茨城急行移管後の2002年1月(平成14年)で野田市駅発が9時25分、
13時15分の2本でした。

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第一陣で日光へ投入されたセレガは全部で19両。
その他に数台のR3型架装のP-LV719Rや、P-RU607BBなどが最後の活躍をしていた。


当時、日光の最古参だった車両達。

山岳路線で登坂の多い路線環境、しかも積雪が当然ながらついて回る。
冬季でもいろは坂を上下する為、塩化カルシュームも敵となりシャーシを襲う。
老朽化も早く、古参車は引退してゆくのでした。
そんな中、置換の対象車が日光へやって来ます。
前節でお話した深夜急行の置換と高速江戸川台線の廃止に伴い、4台のマキシオン
が転属してきます。


再び日光へ舞い戻った社2125号車。

西柏から回着後、日光仕様に改装が終わりナンバー変更
を待つ社2165号車、社2169号車も転属してきている。


足立で深夜急行に使用されていた社2170号車も日光へ転属。
同僚だった当時唯一のHD−2を架装した社2158号車も貸切車
登録で転属している。

4両のマキシオンが次々と充当され、日光の顔だったR3型を置き換えて
行きました。

廃車となったR3達。

その後、深夜急行用にQ尺のエルガワンロマ車が大宮、西柏、足立に配置
されると、しばらく遅れてもう1台のセレガが転属してきます。
社9210号車で、ミッドナイトアロー川越の元専用車です。


91年車としては最後に日光へやってきた社9210号車。
車両後部にミッドナイトアローのサボ受を残していた。

この結果、P−LV719Rは90年型の社2059号車、社2065号車の2台と
同じP−RU607BBの1台、計3台を残すのみとなった。


最後は予備車扱いだった90年車達。
中でも社9204号車は東武では唯一のRU-607BBで(東武の選択は、
P-RU608BBが当時標準だった。)貴重な存在だった。
埼玉の上尾営業所に新製配置されて貸切車として活躍した経緯を持つ。
同時期に東武が選択したLV-719Rの軸距が6150mmに対してRU607は
軸距が6100mmとわずかに短尺で、いろは坂の登坂を考えて試験的に
導入したものと言われている。
後に導入されたセレガFSは軸距が6480mmあり、結局のところ選択の
詳細はわからないままでした。

時間を少し置き、今度は貸切車の置換が首都圏で始まります。
置換対象の貸切車は15両。
そのうち殆どのSHD車は引退してゆく事になります。

足立営業所では、貸切用としてU-LV771Rが4台で内1台はSHD。
後は深夜急行用が1台で合計5台。
西柏営業所では、貸切用としてU-LV771Rが4台で内1台はSHD。
後は深夜急行用のセレガFSが1台の合計5台。


東武最後の7S架装貸切車になった足立営業所の社2294号車と
西柏営業所の社2295号車。
共に東武内での再就職は果たせず除籍売却されてしまった。

 
日光転籍が決まったマキシオン。
西柏で整備中の社2301号車と足立で高速いわき号の続行便として
スタンバイする社2302号車。

一方、大宮営業所でも整理は進んでいる状況でした。
こちらは貸切用としてセレガGDが2台とセレガFSが2台。
それと深夜急行用のセレガFSが1台の合計5台。


大宮で待機するSHD、セレガGDと貸切輸送へ出発するセレガFS。
大宮のSHDは暫く延命する事になり、2台のうち社9366号車は日光
営業所へ貸切車として転属、既存の社2158号車を置換る事になった。


除籍された社2158号車。

平成18年3月には首都圏からの深夜急行、貸切車での置換が完了。
東武鉄道バス事業本部生え抜きの車両による日光への転属劇は終了した。

 
行先表示機がデジタル化された車も出現、また最後に貸切から落とされた
車両は扉がスイングドアのままで投入された。


元大宮の社9369号車や西柏で活躍していた社9373号車も日光
へ転属して路線バスへ投入されていった。

この後、高速路線車の転属が暫く続くものの国際観光地日光での運行に
バリアフリーは必要との観点から、数十年ぶりに日光営業所への新製車が
現れています。


日光にも姿を現したQ尺のエルガ。

またこの頃になるとセレガにも廃車が発生し始めます。

90年車と共にトップを切って廃車となった社9207号車。

日光で活躍する車は基本的に経年車が多いのですが、元貸切車と言う
生まれが違う車の集まりでした。
現行の高速路線車には無いゆったりしたシートや静かな車内。
日光へ行けばその乗り心地を味わえましたが、その車達もどんどん引退
していきました。
今後は少し味気ない首都圏と同じ顔の路線車に置き換わってゆく事でしょう。
時代の流れと言うものはこういうものなんでしょうね。


最後になりましたが、当時の東武バス日光の職員の皆様、営業所長様には
大変お世話になりました。
今後も日光発展の為、東武バス日光様のご活躍をお祈り致します。


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さまざまな趣味あり
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東武バスが好きなむさい男であります。
過去の話が多くなるかも知れませんが、お許し下さい。
ハンドルネームは「東武指令」です。
特に意味はありませんが、よろしくお願いします。(笑)
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