忍者ブログ
東武バス、千葉のバスに関する話題を中心に 管理人の別趣味のお話等を書かせて頂きます。
[1] [2] [3] [4]

東武生え抜きの貸切車が15両体制で活躍する一方、用途外登録の
格下車が激しい動きを見せていたのもこの時期だったと思います。

当時のバス業界では、終電後の帰宅の足としてタクシーより安く
ベットタウンまで都心から直結を唄った「ミッドナイトアロー」が
大躍進していました。
東武鉄道バス事業本部でも、平成元年12月19日に池袋駅西口から
東上線沿線を経由して川越地区へ向かう「ミッドナイトアロー川越」
の運行を始めます。
利用者から好評を得たの期に平成2年3月1日からは有楽町マリオン前
から柏地区への「ミッドナイトアロー柏」を運行開始。
後の9月3日からは上野駅から春日部地区への「ミッドナイトアロー
春日部」の運行を開始しました。

運行開始直後は旧型貸切車を捻出し、改造の上運行しましたが時期が
貸切減車の開始時期にあたり、比較的新しい1992年新製の貸切車両を
格下の上で置換を行いました。
この時に数台の車両が深夜急行専用車として充当されています。


ミッドナイトアロー春日部を担当した
足立営業所の社2170号車。
この他に社2165号車が在籍している。


ミッドナイトアロー川越を担当した
大宮営業所の社9210号車。


ミッドナイトアロー柏を担当した
西柏営業所の社2169号車。

平成13年(2001年)になると常磐道高速バスの新顔として、東武野田線
の江戸川台駅から柏の葉を経由し柏インターから高速道路経由で上野駅・
東京駅へ向かう路線が開設され、JRバス関東と東武バスの参入が発表された。


高速江戸川台線開業時のパンフレット。

この時、私は「車両はどうするのかな?」と言うのが一番最初に考えた
事でした。
この当時は車両の新製は極力控えていたのでそれは無いと考えれば後は
貸切車を落とすか、グループ転籍を考えるのが妥当。
しかし、東武本体へグループからの転籍は殆ど例がなく必然的に貸切落とし
が答えとなる。
しかし、実際は深夜急行車にポイントがあったのでした。

高速江戸川台線の車両として捻出されたのは2台。
配置は西柏営業所となった。
まず、栃木県の日光営業所鬼怒川出張所に配置されていた社2125号車に
白羽の矢が立つ事になる。


日光地区で当時唯一のマキシオンだった社2125号車。
日光営業所鬼怒川出張所にて。

このマキシオン捻出の為に日光営業所からセレガFSが1台鬼怒川へ転属
している(社9216号車 U-RU2FTAB)。


日光営業所に移動して廃車車両置場へ留置された社2125号車。
日光営業所にて。

この時は1991年車と言う事もあり、除籍だな・・・と踏んでいたのですが、
まさかの大転身。
そしてもう1台は足立営業所の社2165号車選定されました。
社2165号車は同僚の社2170号車とともに「深夜急行」や「はとバス」との
共同運行である「東京〜日光定期観光線」などに充当されていました。
この2台に元々西柏にいた社2169号車を合わせた3台で「ミッドナイトアロー
柏」と「高速江戸川台線」を回す事になるのです。


ひと足先に高速路線車改造を終えた元足立の社2165号車と
西柏生え抜きの社2169号車の待機風景。
西柏営業所にて。


社2125号車も高速路線車整備を終えて鬼怒川から西柏への転属を果たした。
西柏営業所にて

この転配で、足立営業所では社2296号車が貸切から落とされました。

足立営業所で待機する社2296号車。

江戸川台線はおもいのほか好調で、日を追うごとに利用者が増えて行きました。
東京大学が柏の葉キャンパスを開設した事がかなり大きかったようです。

江戸川台駅で発車待ちの東京行と東京駅日本橋口に滑り込んだ
元足立営業所の社2165号車。

そして迎えた平成14年10月には東武鉄道バス事業本部が分社されて
「東武バス」が誕生することになります。
江戸川台線はこの後、平成15年(2003年)3月には2回増回で14往復
になって最大本数を記録。
新生「東武バス」の地域会社「東武バスイースト」のエリア内となった
西柏管内では最初の高速路線用新製車が登場します。


社9680号車 2003年車で先行投入されたセレガR FS。
(KL-RU4FSEA)
西柏営業所にて

その後、同年の6月にはやはり西柏営業所担当で柏地区〜羽田空港へ
のリムジンバスが京浜急行バスと共同運行を開始します。
この時に5台のセレガRが増備(社9695号車〜社9699号車)され
運行を開始します。



平成17年(2005年)に入ると、開業後に並行する首都圏新都市鉄道
(つくばエクスプレス)の開業を見据えた減便に移行してしまう。
同年4月には11回に減回、8月にはつくばエクスプレスが開業して東武鉄道
バス事業本部でも足立、葛飾営業所管内と西柏、三郷管内で大改変を実施。
江戸川台線も残ったが、惜しくも平成18年(2006年)2月を以て廃止された。


セレガRの増備で予備扱いになっていたマキシオン達。
日中も営業所で休んでいる事が多くなっていた。
西柏営業所にて

深夜急行での活路が残っていたマキシオン達でしたが、この時に西柏営業所
の貸切車で唯一の存在だったセレガFS(社9373号車)が貸切から落とされ
路線車改造を受けて深夜急行や羽田リムジンに入り始めました。


路線改造を受けて格下げされた社9373号車の画像。
西柏営業所にて

1994年車の社9373号車が落とされた時点で西柏の路線用マキシオンは
余剰車となり、新天地「日光」へ転属してゆく事になります。

つづく。

拍手

PR

東武バスの営業エリアの中でも一番有名な観光地、日光地区では新製当初に
貸切車としてデビューした車が集められ、路線車に格下げされて使用される
パターンが数年来続いていました。(以降、格下を落とすと表現します。)
バリアフリー法の絡みから、最近では路線タイプが導入されていますが、
貸切減車と言う冬の時代を生き抜いて、早い時期に貸切車としての使命を
終えて路線改造がなされた一大グループと言えば、やはり日野のセレガ
(U-RU2FTAB)といすゞのスーパークルーザーシャーシに富士重工の7HD
車体を架装したマキシオン(U-LV771R)ではないでしょうか。
 

セレガFSとマキシオンの並び。
日光営業所にて

東武鉄道の貸切バスと言えば、平成元年に全国の貸切車部門で売り上げが
日本一になるという快挙が達成されたほどの勢いでしたが、以降は売上も
下降の方向へ進み、平成2年時点で「320両」を所有した貸切車も減車へ傾く。

平成10年のバス部門分社直前に於いては全部で15両まで減車されてしまった。
 
左:グループ会社の「東野交通」に転籍したマキシオン。
中:グループ会社の「キング観光」に転籍したFHI 7S架装のLV。
右:東北急行も当時は貸切免許を持っており、東武から転籍車を受け入れていた。

車両によっては売却されて日本全国へ買い取られ、約半数の除籍車は
東武グループ各社へ転籍して行きました。
そして、一部の車両が路線車として使用される為に日光営業所へ転配された。
日光地区では、以前から前乗り前降りのトップドア車が活躍していたのと、
山岳路線で高出力なエンジンを持つ貸切車が転用されてきた経緯があります。
セレガ、マキシオンの類でも路線車に転用できる訳です。


昔日光で使用されていたトップドア路線車、日野RE100
(画像提供:真砂町車庫殿)

日光へ転配されたセレガは、路線改造として車内リクライニングの固定化
(後に中止)、運転席直後に仕切増設、カーテン類の撤去、座席後部の
テレビモニター撤去、正面社名行灯の行先表示器化、乗車口扉の折戸化、
車両正面に拡大社番を貼付等が実施された。
(正面の拡大社番表示は無線操車が廃止されて以降は中止されているが、
当初貸切兼用車両は元から省略されていた。)


日光営業所転属にあたり、足利自修で格下改造を受ける
社2302号車。
足利自修 福居工場にて

各車両の改造は栃木県の足利自修福居工場、埼玉県の三進自動車にて
実施されており、転属時に改造の上日光へ配属されている。

車両は1991年から1992年製造のグループが充当され、当時日光営業所の
顔だった富士重工R3車体を架装したいすゞ車でしたが、やはり老朽化の問題から
置換の必要に迫られており、車両入替が図られました。

左:東武日光線の集約臨「林間学校」号を待受ける9台口のR3軍団。
中:日光に新規配属された社9219号車と当時最古参グループの社6767号車。
右:当時は現在の倍以上車両を有した日光では殆どの車が東武らしいR3型。

これらの老朽車を置換える為に受け入れた車両は、1999年に実施された
「群馬地区撤退、前橋営業所閉鎖」で余剰となった貸切車を格下して
社9265号車、社9270号車、社9271号車の3両を日光へ投入しました。


群馬運輸事務所廃止に伴う前橋営業所閉所で日光へ転属してきた3台のセレガ。
左から社9265号車、社9270号車、社9271号車、共に1992年製造の貸切車。

この転配により当時の最古参R3型を老朽取替して、セレガへの置き換えに
一段落をつけました。


この時除籍された古参車の1台である社6831号車、R3車体架装車ながら
行先表示機が正面のおでこ部位に外付されていたP-LV219S。
北関東ではどこのバス会社でもおなじみの形態でした。


一方で日光へ集結を始めた91年、92年導入のセレガ達は最大の特徴として
側窓がメトロ窓と言う点がある。
前扉をスイングドアから折戸に改造した時に若干ではあるが形態が異なる
車両が出現した事も趣味的には興味深いところかと。


このタイプの前扉が基本だった。
ドア上部に側窓周りの黒色が扉まで伸びるタイプ。
また、画像の車は当時貸切・路線兼用登録だった為、正面の拡大社番が無く
ホイルキャップも装着している。
現車の新製配置は群馬県の沼田営業所。
社9266号車 日光駅前モータープールにて。


こちらは扉部分に黒色が入らないタイプ。
数台が存在していた。
現車の新製配置は群馬県の渋川営業所。
社9214号車 日光駅前モータープールにて。


扉が黒一色のタイプ。
初期型セレガの中では、後期に転籍してきた車。
現車の新製配置は埼玉県の川越営業所で、後に
大宮営業所へ転属して深夜急行として活躍していた。
社9210号車 日光駅前モータープールにて。


パターン的には唯一の存在だった車。
先代のR3型の扉を取り付けたタイプで異彩を放つ。
なぜこのような改造になったのかは不明。
現車の新製配置は埼玉県の本庄営業所。
社9209号車 アーデル霧降にて。

さて、路線車がグループカラーに統一される一方で、導入時期的に
更新改造が行われず残ったセレガが定期観光用の車だった。
1993年導入の社9316号車〜社9319号車の4両が転用された。


社9319号車 この車の新製配置は茨城県の下館営業所だった。
鬼怒川出張所にて。

日光定期観光はこの後グループ会社の日光交通へ運行を
移管することになり、車両も運命を共にして東武籍を離れて
しまう事になるのはご存知の通り。

この後、平成10年に15両まで減車された時に貸切車として
生き残った車両と深夜急行などに使用されていた貸切落とし
車両の置換が本格的に始まります。
平成16年にセレガの後継車である「セレガR」のハイデッカー
車が深夜急行と羽田リムジン用に西柏へ配置されたのを皮切りに、
エルガのワンロマ仕様が足立、西柏、大宮の各営業所に登場。

左:深夜急行と羽田リムジンの置換用で登場したセレガR
  社9680号車  西柏営業所にて
右:やはり深夜急行の置換用で登場したBR2ワンロマタイプ。
  社9860号車  大宮営業所にて

貸切車としてもセレガRは2台が新製され大宮と西柏へ
それぞれ配置されました。


西柏へ配置されたセレガRの貸切車、社9739号車と吉野町で回着整備
を受ける社9738号車。

翌17年にはついにフルモデルチェンジの新型セレガが登場して
(セレガ、ガーラの統合型)足立、大宮、西柏の各営業所へ
配置され始めると、東武鉄道生え抜きの貸切車や用途外指定車が
日光営業所へ転属してきました。

つづく。

拍手


丹荘駅で待機する本庄駅行(社2078号車 P-LV314L 本庄出)

埼玉県の本庄に存在した東武バス本庄営業所管轄の路線。
本02系統と言う整理番号(系統)で、宮本町車庫から本庄駅を経由し群馬県の鬼石へ
向かう路線の枝線に当たる終点です。
休日の朝に片道1本、しかも本庄駅近くの「沖電気」を経由する非常に稀な1本でした。

休日朝7時39分発のこの便は、本庄出張所(宮本町車庫)から回送出庫して
ひたすら丹荘駅を目指してやって来ます。
近くの「丹荘駅入口」停留所まで行けば約1時間に1本の鬼石〜宮本町車庫線に
乗ることが出来ます。
免許維持路線の典型と言えば終わりですが、朝日バスに移管される事が決まり
その最後のダイヤまで残ったのは非常に不思議ではあります。
当時のダイヤで丹荘駅にこの時間帯に到着する八高線の列車は無く、ご覧通り
このバスに乗車するお客さんも居ない。

私もこのダイヤのバスを撮影しようと思い訪れた時、当日の運転手さんが
「まさかさ、わざわざこれを撮影しに来たの?」と声かけ頂き、雑談を
少々させて頂き最終的に「何かあなたは凄い人だね」と笑われてしまいました。
確かに朝の4時起きで関越道を車を飛ばして来なければ、当時東京都北区在住だった
私はこの時間にここへは来れない訳でして(笑)

当時の丹荘駅前、停留所ポールと時刻表。

この丹荘駅から鬼石へは、鉄道通ならご存知の方も多いかと思いますが
「上武鉄道」という地方私鉄が走っていた事で有名です。
鬼石にある化学工場までの貨物輸送メインのローカル私鉄でして、末期は
貨物専業になり昭和50年代に廃止された路線です。
終点は工場の中の操車場で何ともトワイライトゾーン的な路線でした。
国鉄の車両解体など受けていた時期があり、165系や43系客車、貨車など
この地で散った車両も多かったと記憶しています。

鬼石への路線のお話は次の機会として、今回は丹荘回転運用(笑)を
ご紹介いたしました。

朝日自動車への移管で、現在も「丹荘駅入口」停留所は存在しますが駅前に
乗り入れる便は廃止されています。

廃止数年後の丹荘駅前にて。

上の画像は友人所有の動態保存車両で「丹荘駅」を訪れた時のワンショットです。
赤屋根駅舎と琺瑯の駅名板も健在で、廃止された東武パス停ポールも頭は
無いものの健在でありました。

時の流れが止まったような丹荘駅前。
もう東武バスが乗り入れる事は二度と無いでしょう。
残念です。

拍手


・終点の白石車庫に停車する社9223号車(森林)。

埼玉県の東武東上線、小川町駅から深い山間部「東秩父村」に入って
行く山岳ローカル路線バス、残念ながら既に東武グループが運行する路線
から離れてしまった路線です。

・白石車庫 停留所と時刻表。

終点の「白石車庫」にはモータープールのような物は存在せず、営業所が
ある訳でもありません。
地方に行くと以外とあるパターンではありますが、当時の東武鉄道バス事業本部
管内で「車庫」と名前が付きながら詰所などが存在しない場所は、この白石車庫と
本畠車庫、本庄管内の児玉車庫、行田管内の若小玉車庫くらいの存在でした。
と言っても、児玉車庫には出張所が存在した時期がありますので・・・

小川町駅から兜川〜槻川に沿い山間部に入って行くと、「皆谷」停留所がある。
ここまでは折返系統が存在し、立派な転向場が存在します。

・皆谷折返所で待機する小川町駅行 社9536号車(森林)
・簡易路線図付停留所と時刻表。

昭和30年代位まではそれなりの需要があり、生活路線と観光路線の性格を併せ持つ
黒字路線だった事もありましたが過疎化が進み利用者も減少。
当時は、滞泊する運用も存在し白石車庫で一晩留置されて、翌朝の一番バスで小川町
駅へ向かう運用なんかもあったそうです。
開設初期から長年にわたり、「東松山出張所」がこの路線を担当していたのですが、
東武鉄道バス事業本部の「北部撤退方針」の影響から分社前の時期から担当営業所が
変化し始めます。

・東武鉄道バス事業本部 平成元年くらいの熊谷営業所管内路線図(除く行田出張所版)。

平成元年に熊谷営業所の傘下だった東松山出張所が、川越営業所の傘下に所属変更
され、平成9年には熊谷営業所傘下の小川町出張所と川越営業所傘下の東松山出張所
が廃止統合され、同じく平成9年に新設される熊谷営業所森林公園出張所を開設。
路線移管まで森林公園出張所が担当していました。

・小川町駅(旧出張所)で待機する白石車庫行。

平成14年には埼玉北部地域も東武バスの撤退対象地域になり、森林公園出張所
もグループ会社「川越観光自動車」へ移管されて行く事になるのはご存知かと思います。

そして、迎えた平成19年には路線が「イーグルバス」へ移管され、この路線から東武
グループの車両が活躍する姿が消えました。
但し、毎年恒例行事になった「外秩父七峰縦走ハイキング大会」開催の為に
臨時路線免許を
東武グループが現在も維持しており、主催者の東武鉄道が応援要請を
グループバス会社に依頼する事から、開催時には「川越観光自動車」をはじめ、
熊谷の「国際十王交通」なども臨時で応援に駆けつけます。

状況によっては東武バスの川越営業事務所管轄、坂戸営業所からも応援出動する可能性
も残されており、僅かながらですが東武バスの復活があるのかもしれません。(笑)


・国際ハイヤー(国際十王交通)の方向幕には「白石車庫」が準備されていた。
 これは電光式表示器を導入以降も用意がされているようです。
 旧・国際ハイヤー 社2117号車(熊谷)

拍手



あけましておめでとうございます。
   今年もよろしくお願い申し上げます。
                  2017年 元旦

拍手

カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
フリーエリア
最新コメント
[04/09 tobushirei]
[04/08 あっちー]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
東武指令
HP:
性別:
男性
職業:
謎の会社員
趣味:
さまざまな趣味あり
自己紹介:
東武バスが好きなむさい男であります。
過去の話が多くなるかも知れませんが、お許し下さい。
ハンドルネームは「東武指令」です。
特に意味はありませんが、よろしくお願いします。(笑)
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
ページ
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright (c) midnhight arrow blog All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]