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東武バス、千葉のバスに関する話題を中心に 管理人の別趣味のお話等を書かせて頂きます。
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・平成7年車の登場。

 平成7年車では、一般低床路線車が60両、ワンステップ路線車が2両の
 合計63両が増備されました。
 前年度登場したリフト車は導入を見送られ、大型路線車では唯一の存在
 になってしまいました。
 導入車内訳は、総数62両(社2378号車〜社2440号車)で、単区仕様車
 社2378号車〜社2359号車の18両。
 多区仕様車は社2396号車から社2438号車の43両。
 そして、ワンステップ車が社2439号車、社2440号車の2両と言う布陣。


平成7年の一般型単区仕様車で唯一葛飾へ新製配置
された社2390号車。(亀有駅前にて)


前年に続き北部地域にも新車が投入された。
画像は多区仕様の社2421号車で加須へ配置された。
(免許センターにて)


ワンステップ車は今回葛飾に配置されたが、車内の
座席等が一般車並みに変更され、ハイバックシート
等は見られなくなっている。
画像は社2439号車と社2340号車の並び(葛飾営業所にて)

この頃になると、北部地区では旧型も殆ど置き換えられており
5Eや初期の7Eなどが首都圏から転出を始めていました。

しかし、この時東武バスは深刻な赤字問題が表面化してきており
地方の一部地域で始まった減車の影響もあり車両保有台数が下降
し始めています。

平成7年末にはバス事業の抜本的対策を行う改革が始まる事になり、
7年度の車両増備をもって路線大型車の導入を一時中止して
中型路線車導入による燃費向上、回送距離削減の荒療治を行う事に
なって行きます。


・平成8年車登場、東武鉄道では初に等しい大型車増備無し!!

東武鉄道バス事業本部の抜本的改革がスタート、車両の増備に
その影響が現れていました。

この年の増備は総数33両で、社2442号車〜社2475号車。
単区仕様車が社2442号車〜社2444号車、社2455号車、4両。
多区仕様車が社2445号車〜社2453号車、社2456号車〜社2471号車。
24両。
ワンステップ車が社2472号車〜社2475号車の4両。
形式は全てKC-LR333J。

この年式には中型車が導入されたほか、アイドリングストップや
ワンステップなどの仕様が追加され、車体はやはり富士重工製8E
車体が選択されましたが、1台のみ東武では初のIBS製の車両が
登場しました。


西新井に配置された社2443号車、まさか都内にまで・・・・
と驚いた導入でしたが、この後にもっと驚く事に・・・・
(西新井出張所にて)

 
多区仕様は北部地域へ投入が多く赤字路線への救世主的に
導入され活躍を始めました。
画像は菖蒲に配置された社2465号車。(菖蒲仲橋にて)


葛飾、足立、西柏に1台ずつ配置された中型のワンステップ。
正面の行灯がアクセントになっていた。
画像は葛飾の社2473号車(亀有駅にて)


ついにいすゞの純正車体が登場。
西柏に新製配置された社2475号車(高田車庫にて)

事後談になりますが、東武バス分社へ向けての激動時代にこれら
平成8年車は、殆どの車がグループ転籍してしまい、特殊仕様の
ワンステ車4両と一般車5両を残し24両が東武籍から消えて行く
事になりました。

つづく

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・平成4年車の登場
平成4年車が投入されると、一段と東武=富士重のイメージが強まって来ました。
投入車は社2171号車から社2204号車の34両。
社2171号車〜社2179号車が単区仕様。
社2180号車〜社2202号車が多区仕様。
また東武バス初のワンステップ車も登場する。
社2203号車、社2204号車の2両。

左:平成4年車トップの社2171号車(森林公園にて)
右:ラストナンバーの社2202号車(越谷駅にて)


ワンステで増備となった社2204号車。
こちらはU-LV324改となる。(竹ノ塚駅にて)

当時としてはかなり斬新なイメージに仕上がっていた。
正面の窓下部位は樹脂製のパーツを使用。
コンデンサー(エボパレーター)を床下から屋根上へ移設。
側面窓は逆T窓、テールランプの角型化など設備も
他車とは異なっていた。

・平成5年車の登場。
 平成5年は久しぶりの大量増備となる82両が投入されました。
(社2205号車から社2270号車が該当。)
導入も前期と後期に分かれており、好評だったワンステップ車
も再び2両が増備された。
社2205号車〜社2208号車、社2236号車〜社2261号車、
社2271号車〜社2293号車の53両が多区仕様車。
社2217号車〜社2235号車、社2262号車〜社2268号車が
単区仕様車。
社2269号車、社2270号車がワンステップ仕様でそれぞれ導入されました。

平成5年導入の社2206号車と社2208号車(野田出張所にて)

また、若干の仕様変更があり外観上で一番目立ったのは
永らく続いた屋根上のベンチレターがファンデリアに変更。
円盤みたいな換気口が車両屋根上前後に1台ずつ設置されたほか
社2217号車以降の車は、正面ガラス下の運転席側にあったダクト
が廃止された。

左:社2217号車、運転席下のダクトが無いグループ。(新座営業所にて)
右:社2208号車、運転席下のダクトが存在するグループ。(野田出張所にて)


2両が増備されたワンステップ車、画像は菖蒲時代の
社2269号車。(国立東埼玉病院にて)

平成5年のワンステップ車は特段仕様の変更が行われず前年型と
同様、足立営業所へ配置され都内で活躍していました。

・平成6年車登場。
平成6年は、北部地域営業所への新車投入が話題になりました。
また、都内では花畑にリフト車が登場するなど趣味的には非常に
面白い年になっています。
導入台数は75両でした。
社2303号車〜社2377号車。
社2303号車〜社2315号車、社2345号車〜社2353号車が単区仕様。
社2316号車〜社2344号車、社2354号車〜社2373号車が多区仕様。
社2374号車、社2375号車がワンステップ仕様。
社2376号車、社2377号車がリフト仕様。
ワンステップ車はU-LV324L改。
リフト車はエアサス車ベースでU-LV224L改となっています。


足立へ配置された単区仕様の社2306号車。
この年式から運転席下部に社番が表記される事になった。
私は個人的に「黒社番」と区別していた。(足立営業所にて)


熊谷へ新製配置された社2316号車。
北部地域では久しぶりの新車が配置された。(熊谷駅にて)


また、社2311号車以降の単区路線車は中扉が4枚折戸に仕様変更
されて投入されている。
画像は足立の社2313号車(西新井駅)


ワンステップの2両も中扉が4枚折戸に仕様変更されています。
社2374号車(西新井駅)


東武バスで最初で最期の投入になったLV224はリフト仕様で登場。
路線車では初のエアサス車になったほか、正面の社番表記がクリーム
色になりサイズが小さくなった。
社番表記に関しては以降このタイプが標準になってゆく事に。
社2377号車 (花畑団地にて)


平成6年車の投入完了により 東武バスで活躍するいすゞ路線車はほぼ
富士重工製7E車体を架装した車両になっていました。



次回へ続く。




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・17型E、7E登場。
東武鉄道バス事業本部がそれまでの15型E(5E)のフルモデルチェンジである
17型E(7E)を初めて導入したのは平成元年導入の社番2018号車〜社番2054号車
までの37両が第一陣になりました。

東武バスでの7Eトップナンバーとなる社2018号車。
都内向け単区タイプの車です。
加須営業所幸手出張所にて

東武の車両選択は従来と変わらず、単区タイプと多区タイプの2本立てで増備
された。


近郊向け多区タイプの社2053号車。
西小泉駅前にて

P-LV314Lとして7E架装で登場したグループは平成元年車37両と
平成2年車40両の合計77両。
社番で見ると社2018号車〜社2112号車までとなり、内訳的には
単区車(前中扉車)が社2018号車〜社2024号車(平成元年車)と
社2073号車〜社2087号車(平成2年車)。
多区車(前後扉車)が社2025号車〜社2054号車(平成元年車)と
社2088号車〜社2112号車(平成2年式)となっている。
ちなみに同じ平成2年導入車である社2113号車はU-LV324Lの先行
導入車(もちろん7E架装車)であるため、上記内訳からは除外して
います。

・日野ブルーリボンにも架装されていた7E車体。

この平成2年度導入車には日野車にも7E車体を架装する車が
導入されました。

あまり状態の良い画像ではありませんが、日野+FHI 7Eの
P-HT235BA 社9202号車の画像。
エンジンルーバーが日野を主張している感じです。
草加営業所にて


末期に1台のみ沼南営業所に転属した社9198号車。
沼南営業所にて

日野の路線車へのFHI架装は東武バス内において珍しい存在
ではありませんでしたが、平成元年度に導入した路線車に
FHI車体を架装した車は発生しませんでした。
翌平成2年になり、社9198号車〜社9202号車の5両が導入され
草加営業所に配置されましたが、以降は日野車にFHIが架装される
事は無く、東武バスではこのグループのみで終わってしまっております。
(グループの茨城急行や阪東自動車にはU-HT2MMAAの7E架装車は
存在していました。)

余談ですが、沼南に1台のみ転属した社9189号車、いすゞの社2091号車、
社2098号車の計3台は東野交通に転籍して活躍していました。

東野に転籍した面々、左から9198、2091、2098の各車両。
黒磯駅、西那須野駅にて撮影。

上記のほかに他社売却車も現れた。


まさかのJRバス東北に転籍した元花畑の社2085号車。
座席のモケットにエンジのカバーが仕様されていた最後のグループ。
常磐線 浪江駅前にて


こちらも当時は話題になった朝日グループカラーを纏い
川越観光の特定用になり再登場した元足立の社2075号車。
川越観光自動車本社営業所にて


京福電鉄の大事故に伴い運休となった鉄道代行をこなす為に
冬が厳しい福井へ転籍した元行田の社2104号車。
この車、実は沼田、前橋に配属経緯がありまんざら雪と縁が
無いわけでは無いんですが(笑)
福井駅前にて


・U-LV324Lの登場。
前項でも触れましたが、平成2年車のLV314Lが打ち止めになり先行で1台の
U-規制車が登場します。


平成2年先行投入の社2113号車、U-LV324L。
新製配置は川越営業所東松山出張所でした。
加須営業所幸手出張所にて

翌、平成3年いすゞ路線車は社2128号車から増備が始まります。
社2128号車から社2138号車までが単区仕様車。
社2139号車から社2156号車までが多区仕様車。
合計29両が新製投入されました。


東京、西新井出張所で活躍した単区仕様車
社2129号車。
足立営業所西新井出張所にて


千葉、沼南営業所で活躍した多区仕様車。
社2150号車。
後期は埼玉の熊谷営業所へ転出、国際ハイヤー〜国際十王
交通に転籍して活躍した。
森林公園駅にて

この平成3年、平成4年車は東武バスでは激動の世代と言っても過言では
ない運命を辿る事になります。
北部地域撤退の際にグループ会社が肩代わり運行を行うため相当台数が
様々な会社へ転籍をして行きました。

次回へ続く

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東武バスを追いかけ始めてそろそろ25年近いキャリアになります。
正直自分でもびっくりですが・・・(笑)
東武鉄道に関係する仕事をしていたと言う事もありますが、
鉄道沿線には必ずオレンジ色のバスが止まってると言うイメージがあり
規模の大きな会社なんだと改めて実感したりしてました。
当時は、東武鉄道の直営バス会社として存在していた「東武鉄道バス事業本部」
東京、埼玉、千葉は勿論、群馬、栃木、茨城にもエリアを持っており
都市型の高頻度運行路線から、過疎地域でそれこそ1日1本運行
みたいな路線まで存在するバス会社としてそれぞれの地域に
密着して、生活の足として溶け込んでいました。
しかし、大手私鉄であるが為に鉄道収入で稼げる場合はそれでカバーできる
と言う国の判断から、地方の赤字路線は補助金も自治体協力もほぼ無い。
それでも、長年の利用者が少しでも居れば軽々しく廃止もできない。

路線を維持して、なおかつ補助金を受けたりできる環境を構築するには
バス部門を分社して、合理化を進めるしかない。
組合が大反対する中、東武鉄道はバス部門の分社化と採算見込みが立たない
エリア北部地域の撤退を始めたのでした。
埼玉県の熊谷営業所での車両整備風景。
いすゞのLVに加え森林公園出張所のブルーリボンも整備する。
今と違い整備士さんも東武鉄道の社員さん達が行っていた。

まさにそんな時に東武バスに興味を持ち、様々な地域にカメラ片手に
出かけ始めたのが東武バス趣味を始めたきっかけでした。
当時の主力車両はいすゞがP-LV314L、日野はP-HT235BA。

そして、いすゞではU-LV324L、日野はU-HT2MMAAが導入され勢力を
増やして旧型車を駆逐する真っ最中と言う感じでした。
東武バスの車両として一番の特徴はいすゞ、日野共に「富士重工製」
の車体を架装している車が多いと言う点が挙げられます。
日野車に関しては純正の日野車体が大半でしたが、いすゞに関しては
ほとんど富士重工製の車体を乗せていました。

富士重工 5E車体を架装するP-LV314L。
後期製造の車両は「黒サッシ」と呼ばれ、窓周りが引き締まった
印象があります。

やはり富士重工5E車体を架装するP-HT235BA。
日野指定の営業所には数台存在するケースが多かった印象です。

平成29年に入り続々引退を続け、ついに残り数台となった東武バスの7E型。
厳密に言えば、新7Eと呼ばれる最終型でコトKL-LV280L1改に於いては
東武向けのみ「タイプAノンステ」の架装を例外的に認めたと言う富士重工
との結びつきの強さを感じさせる経緯があった「銀サッシ」。
2003年3月に富士重工がバス車体製造から撤退して、最後に出てきた
銀サッシノンステグループも今年度内に姿を消すでしょう。

沼南に新製配置された銀サッシトップナンバーの社2558号車。
2003年から本格導入された「銀サッシ」だが、2558は先行的に
2002年下期に導入された車でした。

今回は個人的に一番馴染みの深い富士重工の7E、新7E型を語ってみたいと
思います。

〜次編へ続く。

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上越線の沼田駅から国道120号線を約1時間。
群馬屈指の観光地である尾瀬の入口の街「鎌田」に到着します。
鎌田は沼田から来た道が尾瀬、日光へと別れる中継点です。
ここに東武バス「沼田営業所鎌田出張所」が開設されたのは
昭和12年で現在の東武バスの礎となった「東武自動車」が開設。
平成8年3月までは案内所の機能は残っていました。
近年再び運行を始めた関越交通の鎌田〜日光線の先駆けとなった
東武バスの横断特急の中継点、休憩所になった場所でもあります。
私が訪れた当時、案内所の正面には路線図が設置されており日光
へ路線があった事を思わせる名残もあった。

東武撤退〜関越交通移管により、東武バスはこの地から消えて
しまいましたが、関越交通が現在でも拠点を構えており今でも
起終点としての重要性は変わっていないようです。

尾瀬大清水、武尊牧場スキー場、戸倉スキー場から下って来た
バスはここで合流して沼田へ下る。
尾瀬高原のハイシーズンには国鉄・JRの夜行列車からの継承を受け
深夜に大清水へ向けて臨時バスが仕立てられるのも名物だった。
時代が変わりそのような事も行われなくなりましたが、沼田まで
の路線沿線には吹割の滝、老神温泉などの観光地も点在している
事もあり、在来線の沼田駅以外にも上越新幹線の上毛高原駅へも
路線が運行されていた。

現在でも関越交通により運行されている。
冬はスキー、夏は避暑に温泉にと現在でも賑わいを見せる奥利根の
小さな街で活躍した東武バスをご紹介しました。

★群馬沼田地区の東武バスは平成10年3月で廃止され関越交通に移管
されています。

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東武指令
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性別:
男性
職業:
謎の会社員
趣味:
さまざまな趣味あり
自己紹介:
東武バスが好きなむさい男であります。
過去の話が多くなるかも知れませんが、お許し下さい。
ハンドルネームは「東武指令」です。
特に意味はありませんが、よろしくお願いします。(笑)
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